日々の実践

新たな価値を創り出す道徳授業 〜1年「ぼくはいかない」で驚いた〜

道徳の授業では、毎回「新しい価値を創り出す」ことを目標にしています。

「新しい価値を創り出すとは?」ということについては【新しい価値を創り出す道徳授業〜1年「きんのおの」で驚いた〜】をお読みください。

新たな価値を創り出す道徳授業 〜1年「きんのおの」で驚いた〜 新たな価値を創り出す道徳授業とは? 新米先生 「新たな価値を創り出す」って何ですか? ポン太先生 「新たな価値を創り出す...

1年「ぼくはいかない」の授業

最終的な授業の板書です。

では、どのように授業が進んでいったのかを、お伝えします。

導入

導入では、毎回定番の質問をします。

資料の中で扱われる「言葉の意味」を、子どもにたずねます。

授業の途中で、

「最初に聞いたときは、こう言っていたよね?」

と、問い返すためです。

授業をする前と後で、「言葉の意味」や「価値の捉え」を深めていくために、有効だと考えています。

きっとこれ以外の方法もあるのだろうけれど…

今はこれがしっくりきています。

ちなみに、この導入の方法は、筑波大学附属小学校の、加藤宣行先生の実践を参考にしています。

前述した【新しい価値を創り出す道徳授業〜1年「きんのおの」で驚いた〜】の記事に、参考文献を書いています。

ポン太先生

「よわむし」って何ですか?

子ども

「勇気がない」ってことじゃない。

子ども

「心が弱い」ってことだよ。

子ども

「ちょっとは勇気がある」ってことかな。

この時点で、

「なるほど…“勇気”というキーワードは、あとから使えそうだな」

と感じました。

展開

資料を読みました。

資料の大まかな内容は、以下の通りです。

しんちゃんは、お友だちの3人から、

「みんなで、みどり川へ行って、魚をとろう」

という提案をされます。

しかし、みどり川は、子どもだけで行ってはいけない、危険な場所です。

お友だちから誘われたので、しんちゃんは迷います。

迷った結果、しんちゃんは…

「ぼくはいかない」

と言います。

すると、お友だちはこう言いました。

「なんだ、しんちゃんは弱虫だなぁ」

「もう、友だちじゃないぞ」

しんちゃんも、それに言い返します。

「ぼくは、友だちだよ」

「それに、弱虫でもない」

こんな感じです。

わりと、子どもがイメージをしやすい資料かと思います。

お友だちから誘われて、迷う経験は誰だってあります。

悪いことだとわかっていても、「楽しそう」が勝つことなんて、日常茶飯事です。

でも一応…

「そもそも、資料の内容が理解できていない」

ということが、道徳の授業ではよく起こるので、状況を確認しました。

✅「みどり川へ行こう」と誘われたけれど、みどり川は「子どもだけで行ってはいけない危険な場所」である。

✅最終的に、しんちゃんは「ぼくはいかない」と言って、お友だちから「弱虫」「友だちじゃない」と言われた。

その後、私が発問をする前に、子どもから意見が出ました。

子ども

弱虫っていうのは違うよ。

マナーを守っているのだから。

子ども

「危ないことをしない」と考えたしんちゃんは、弱虫ではなくて強虫(つよむし)だよ。

この段階で、もう新しい「言葉」が生まれました。

驚きです。

新しい言葉が生まれた瞬間を、私はこう考えています。

子どもが自分の言葉で、新しい「価値」や「捉え」を創り出した。

まだ続きます。

子ども

強虫は「勇気がいっぱい」ということだよ。

子ども

それに「心が強い」よ。

その後、さらにすごい事を言う子が現れます。

【ある子どもの発言】

「よわむし」の「む」を「ぬ」に替えるでしょ。

「よわぬし」になるよね。

それを逆から読むと、し・ぬ・わ・よ…。

「死ぬわよ」になっちゃうよ。

しんちゃんは、「ルールを守らないと死ぬわよ」に気づいたんだよ。

子ども達からは、悲鳴があがりました…。

なぜ、これを思いついたのかは理解不能でしたが、妙に説得力がありました。

子ども達も、

「ルールを守らないと大変なことになる」

みたいな雰囲気になりました。

その後も議論は続きます…。

子ども

だいたいさ、「弱虫」っていうのは、「悪い人」のことじゃないの?

子ども

そうそう。

だから「弱虫」は、「みどり川に誘った人」だよ。

もうここまでで、私は十分驚きましたが、さらに自分事になるような意見を言う子が出てきました。

子ども

でもさ、一応、しんちゃんもさ…

「迷っている」んだよね。

そう、迷っているのです。

「行ってはいけない」とわかっていても、心が負けてしまうことがあるのです。

だって本当は、「楽しそう」だし「遊びたい」ですよね。

ここから、うまく深められなかったことが、私の課題です。

綺麗事だけではなく、子どもは本当に「自分事」として、議論をしていたのだろうか?

「楽しそう」の誘惑に負けて、「善悪の判断を間違えることがある」という、誰にでもある「弱い心」に目を向けさせることができなかった。

道徳の授業って、本当に難しいです。

しかも最後に、私はさらに「蛇足的発問」をします。

ポン太先生

「友だち」ってさ、一緒に遊んでくれる人のことだよね。

しんちゃんは、この3人にとって、友だちではないのかな?

もはや、発問の意図がわかりません…😭

子ども

こういうことを言う人って、最初から友だちじゃないでしょ!

そんな答えが返ってきますよね…。

そりゃあ、そうです。

そして、授業終了の時間です…。

終末

最後は、ワークシートに自分の考えを書いて、終わりました。

「なぜ、しんちゃんは自分が弱虫ではない、と思えたのか」

ということについて、自分の意見を書いてもらいました。

あとは、感想ですね。

さらに、この資料には

「勇気のトビラ」

というワークショップ資料もついていました。

・電車で立っているお年寄りがいたら、どうしますか?

・ケンカをしているお友だちがいたら、どうしますか?

・ひとりぼっちのお友だちを見つけたら、どうしますか?

という質問に対して、自分だったらどうするのかを考えます。

ワークショップにも楽しそうに取り組んでいました。

子どもの姿には感動しつつも、やっぱり道徳の授業って難しいなぁと実感した日でした。

子ども達の「学ぶ気持ち」や「考える気持ち」を、もっと満足させられるような先生になりたいです。

また明日からがんばろう。